無料ブログはココログ
フォト

2012年7月 4日 (水)

アンチエージング

キュリアス、たぶん100才くらいまで生き続けてしまう気がする。

わたしの母の家系が長寿の家系で、107才のおばあちゃまは、今も元気だし、そのきょうだいもみんな100才くらいまで生きていた。

となると、またまだ人生の折り返し地点を過ぎたばかり。

今から年老いていたらこれからの人生、ちょっと辛いよね。

そんなこんなで、時間の巻き戻しを計ろうと思ったのは、50才の頃。

ここから年を重ねるのではなく、一歳つづ若返っていこうって。

ゴルフを始めた。
スポーツで、体を鍛えようって。

エステにも行き始めた。
お肌作り!

ジョギングをスタート!
足腰を鍛えるぞ!

姿勢にこだわって、整体!

小顔マッサージの資格を取った。

英語のレッスンをはじめた。

鍼でリフティング。

最近は、美骨整体!!

これがすごい!!

インナーマッスルを鍛え、こりを取り、骨を調整してもらえる。
自然にすっきりとした立ち姿に!!

丸まっていた肩が後ろに引けてバストアップ!

徐々に若返ることはできていなくても、老け込むことは防げているかなぁ。

これも、やっぱり自己のイメージ。

自分がどうあるのかと言うイメージがあればこそ、いろんなことに挑戦できるんだと思う。

こんな年になって、新しいこと、たくさんはじめられたのは、本当にラッキー!!

50才のときのわたしに「ありがとう」っていいたいし、いまのわたしを見てほしいなぁ。

これからの5年間だって、いろんなことに挑戦できると思う。

この夏は、泳ぎたいし、新しい出会いもたくさんありそうな予感。

旅行もしたいし・・・。

未来の自分は、今日のわたしの見る夢によって作られる。

豊かな人生を!!


2012年6月16日 (土)

ゲームの世界!

App_full_proxyphp

生まれて初めて、オンラインゲームというものを試み、げんざい、その世界に深く潜伏しているキュリアス!!

このケーム、FBの中にあるアプリで、自分の王国を作ると言うもの。

最初は、闇に閉ざされた小さな空間に、ぽつんと自分のアバターが登場します。

そして、ガイド役のキャラクターがふたり。

そのふたりの指示に従えば、ゲームのルールが徐々に理解できる仕組みなんだろうと思われる。

キュリアス、リアルな世界でも、人のいうことが聞けないタイプ。

このふたりのキャラクターのリクエストは無視して、ひたすら田園風景の制作にいそしむ日々。

樹木が三種類、楠と樫の木、そして樅の木。
とてもリアルできれいです。

野草もたくさん生えている。

鶏や羊、豚も飼育できる。

お家もログハウスや屋根から小枝が出ているような何ともロハスな建物!

トトロの森のような雰囲気を醸し出している。

・・・、ところが、自分勝手に作り続けることにも限界が。

どうしても、王国の建物を作る必要が生じたり、あるとき突然、訳がわかんないオブジェクトが空中から振って出てきたり・・・。

わたしの村に異物が・・・。

なんだか、精神療法に使われる「箱庭」のような様相になってきた!!

このゲームでいろんなことを学んだ。

まちづくりは、やっぱり最初は一次産業から始まり、二次産業、三次産業へとつながっていくんだなぁ、っていうような歴史体験だったり。

農業や林業などの肉体を使う労働だけではなく、建物を建て、家賃収入を得ていかないと、なかなか資産が殖えないと言うこと。

人のために働くことがお金を生み出す唯一の手段だということ。

ギブ最初にありきだけど、与えたら、与えられると言うこと。

うまく作られているなぁ、って、感心しきり。

達成感や、チームメーキング、危機感や、充実感、などなど・・・。

リアルな人生で感じるさまざまな感情も疑似体験できる。

・・・、ということで、ゲームに依存する人の気持ちもわかるように。

ここで生きていることの充足感が、リアルに生きる世界の充足感より勝っていると感じてしまう人がいても不思議ではない。

すべてが、作り物の世界であっても。

10日くらいで、キュリアスのわかったこと。

これは、やっぱり人々のニーズを満たすツールとして、支持されているんだろうと言うこと。
140万人くらいが同時にプレイしている。

ゲームに心を注ぐと、身体的に披露すると言うこと。
眼精疲労、肩こりなど。

そして、一番感じたこと。
リアルな世界にいる人格が、希薄になると言うこと。

キュリアス、好奇心と集中力とではまり込んでいるんだけど、やっぱり、日常生活がおろそかになる。

リアルなわたしのはパワーは、5割ぐらいそがれたと思われる。

いろんなことふかんしているキュリアスのような人はいいとして、これは、ちょっとヤバいかも。

学んだことは多いけど、ちょっと怖いなぁ。

今日は、息子に諭した。

PCに向かっている時間を半分にしろ、と。

「PCを見ている時間をへらして、他のことをしなさい」

ではない。

まず、隙間を作れ、と。

半分にするということだけに集中して、自分の毎日になんもしないでもいい時間を生み出す。

そこに、何が入っていくのかは、わからない。

その時間が息子の「らしさ」を生み出すと思う。

わたしも人生の中で、何度も隙間を作り、あたりしいことに挑戦してきた。

今回も、ちょっと長らく持ち続けていた「執着」をひとつ手放したんだけど、その隙間に何故だかゲームが入り込んできたもよう。

仕事、ゴルフ、自然観察、身体作り、料理・・・。

今ここにいることのパワーは、わたしが一番知っている。

これから、どんな人生を歩むかなんだけど・・・。

リアルな人生をゲームのようにすごしたいなぁ。

2012年5月31日 (木)

バースディ!

20120531_2119

今日は、わたしの56回目のお誕生日。

年を取るのが嫌だっていう人もいるけれど、わたしは、毎年、とっても幸せなお誕生日を迎えている。

家族が開いてくれるお誕生会、年の数だけの薔薇の花束。

ビジネスパートナーからは、ゴルフグッズ。

ことしは、介護の施設のスタッフみんなからもサプライズバースディパーティーを開いてもらった。

50歳を超してからできた友だちたちにランチでお祝いもしてもらった。

そしてフェースブックでは、何十人もの方達から、おめでとうのメッセージが届いた。

年を重ねることに豊かになっていく人生。

幸せな一年を積み重ねていく人生。

いろんな課題に踏みつぶされそうだったちっぽけな子どもだった何十年も前のわたし。

子どもだったわたしは、自分自身に誓った。

幸せになる。

嬉しい記憶を重ね、辛いこと、悲しいことは、すべて記憶にとどめまい、って。

楽しい記憶の日々。

そんな積み重ねの中に、今日がある。

ニコニコ笑顔の毎日を積み重ねた56年がある。

人生は、自分自身が作るもの。

これからの人生も、わたしは、わたしらしくいきていこうと思う。

いつか、命のつきる時、

「ああ、今、わたしの人生は、終わるんだなぁ。
幸せだった」

って、きっと思うだろう。

たくさんの温かい思いに囲まれたお誕生日。

本当にありがとう。

みんなに、感謝しています。

2012年5月30日 (水)

生活のリズム

キュリアス、どうも情緒的にリズムがあるもよう。

昔から噪と鬱の波があったんだけど、今も緩やかに移り変わりがある。

鬱の時期が、他の人と少し違うのは、結構本を読んだりする吸収のとき。

昔々、まだ、中学生くらいだったわたしが、このリズムのすべてを無駄のないようにと考えた荒技。

ベットにこもりっきりになりたいくらい塞ぐ時にも、必ず積み上げた本を読みふけっている。

目が疲れ、肩が凝り、頭が痛くなる。

でも、その時期に多くの知識がわたしの中に入り込んでくる。

そして、ある日突然というはっきりしたスイッチが入る訳ではないけれど、気がつくと、なんとなく身体を動かしだしている。

・・・、動かす前に、もう一段階があった。

肩ががんがんに張ったら、何かしらのマッサージに行く。

太古式マッサージ、スポーツマッサージ、ロミロミ、垢擦りエステ・・・。

それも、いくつもはしごして、凝りをほぐしてもらう。

そうこうしているうちに、自分で身体を動かしたくなって、ジョギングに出たり、ゴルフの練習に行ったり、ストレッチはじめたり・・・。

身体が動きだすと、外に出られるようになってくる。

人と出会うこと、新しい何かをはじめること。

こんな流れで、わたしの噪と鬱は入れ替わる。

こうして文章にしてみると、よくわかった。

何かが変わっていくそのきっかけを見つけるモデルになっていくかも。


2012年5月27日 (日)

英語のレッスン!!

5171ayhpvel_sl500_aa300_


ある日突然、英語が話せたらなぁ、と思ってはじめた英会話のレッスン。

まだ続いています。

息子に、中学の教科書、もう一度読んでみたら?
と、いわれている今日この頃なんですが・・・。

当初の目的は、海外の方と出会うシーンになった時に、ちゃんとご挨拶くらいはしたいなぁ、と。

なので、ジェイソンにも、ヒヤリングと、スピーキングを、とお願いしました。

絵本のようなテキストがもうすぐ一巻目を終えるわたしの今は・・・。

ジェイソンとの日常会話は、それなりに通じている。

送り迎えの車の中で、お互いの近況を話したり、ニュースについて意見交換したり、本や音楽について話したり・・・。

もちろん、ジェイソンは、わたしにわかるように話しているだろうし、わたしのグラマーは、未だに相当怪しいままなんだけど。

たわいもない話では、通じればいいか、という感じです。

予想とは異なったのは、意外に文章が読めるようになり始めてきたこと。

子どものころも大の苦手で困っていたスペル。
今もわからないまま。

黙読ではわからないままだけど、ちょっと声に出したら、「おー、なるほど」とわかったりもする。

ビートルズを聴いていても、単語が拾えるようになって来ている。

週一回のレッスンもさぼりがち。

ホームワークもほとんどしたためしがない。

単語を覚える努力も、辞書を引いたこともない。

だから、遅々とした歩みなんだろうけれど・・・。

継続は力なり、ということで、いいことにしておこう。

いつか、誰とでも、何気ない会話を楽しめるようになれればいいなぁ。

きっと、いつか叶うよね!


2012年5月21日 (月)

金環日食

574937_2176172661477_1761677773_104

朝、子どもたちとそろって、金環日食の時を迎えた。

7時すぎは、雨が落ちていた。

テレビをつけると、雲の合間から、宇宙のドラマが始まっているのが確認された。

雨が上がり、薄暗い中にも、日の光を感じ、外に出る。

わぁ・・。

美しい!

ほんの数分。

太陽は、リングになった。

リアルな空を、子どもたちと一緒に眺めていた。

何十年に一度と言われる天体の不思議。

次、同じ巡り合わせの時に、わたしの生命は、この地球上にあるのだろうか?

また、もし、そのときがきたら、わたしは、いったい誰と、そのときをわかちあうのだろうか?

長女は嫁いで今は、家にいない。

次女も、いつかは、愛する日とのものに巣立ちするのだろう。

難病とともに生き、今、大学生である息子も教職を目指し、未来は、母との暮らしの中に閉じこもる可能性は低い。

わたし自身、これから人生を寄り添うパートナーとの出会いの予感も感じている。

次の金環日食。

そのときには、子どもたちにはしっかりしてそれぞれの家庭があり、わたしは確実に老いているだろう。

今は未来、でも、そのときがくれば、それが現実。

わたしたちは、今この時を生きながらにも、想像と言う未来にも同時に生きている。

未来を生きるために今日を生きようとする。

でも、どちらにあるのも、「いま」というその一瞬でしかない。

太陽と地球、そして月。

その三つが重なるのが、本当に瞬間の時であるのと同じように。

気温の変化はない中にも、肌寒さを感じた。

太陽の光の中で、活かされている自分。

今日、こんなときがあったこと。

時を紡ぐのは、自分であり、自分の思考。

であれば、お日様のように温かい思考の持ち主になれたらとも思う。

月のように、冷静な思考であれたらとも思う。

そして、地球のように、命に満ちた思考でありたいとも思う。


2012年5月17日 (木)

人生は短い

Augustanewsixteen_600x400_2

「あなたの人生は、あなたのものであるとしたら・・・。

好きなことをして、嫌なことをやめる。

ないものを探さず、自分らしく生きる。

時々の感情を美しいと感じ、心を開き、夢を語り合える人と出会う。

旅をし、道に迷うことで新しい自分を発見する。

人生とは、人との出会いであり、その出会いの中で、生まれるもの。

人生は短い。

情熱を持って、自分の夢に生きよう」

と、いうようなメッセージをFBの中で見つけた。


昨日、久しぶりにゴルフに行った。

素敵な女性たち。
そして、このゴルフがきっかけで知り合った男性たち。

キュリアス、好きなこと。

緑、風、水音。

ゴルフ場の中にいると、日常から離れた開放感がある。


そして、趣味を同じくした人との共有する時間。

ゴルフ場のこと、それぞれの家庭のこと、仕事のこと、夢・・・。

ゴルフのゲームは、遊びそのもの。

楽しくないはずがない。


人生は短い。

なら、もっともっと、自分の好きなことにこだわって生きていたい。

仕事も遊びも、自分らしく!

楽しいことをともに楽しめる人とともに。


人生は、自分のものなのだから。

※写真は、オーガスタ


2012年5月 6日 (日)

なりたい自分になる

002402

ちいさいころ、とても不器用で、引っ込み思案の子どもだった。

好き嫌いも多くて、給食も食べられずに一人で泣いていたことも。

忘れ物も多く、居残りさせられて怒られた。

漢字が覚えられなくて、九九も苦手だった。

逆上がりも跳び箱もわたしだけできなくて・・・。

本当に、どうしようもないくらい自分のこと情けなくて。

遠足でも、たった一人でお弁当を食べていた。

多少の救いは、お勉強だけはできて、先生受けはしたのかもしれない。
学校を代表するような時はいつも選ばれた。

絵や歌や習字や読書感想文などたくさん表彰された。

小学校時代を色で表すなら、グレーかなぁ。

たぶんまわりから見られていたわたしと、自分で感じているわたしとの評価が大きくかけ離れていたかもしれない。

自己評価なんて、全然できなかった。

どんなに賞をいただいても、もっと上の賞があったのにそこへは届かなかった、と。
もっと、もっと努力しなくっちゃって。

中学生になって、そんな努力の糸も切れてしまった。

できない自分が、そのまま人にその姿をさらしている。

そうなって初めて、わたしは、自分らしくいるとができるようになった。

友だちが増え、生徒会の委員長を務め、毎日をニコニコ笑顔で過ごせるようになった。

でも、まだ、自分への評価ができるようになった訳ではない。

社会に出てからも、いろんな仕事をした。

広告だったり、出版だったり、NPOの仕事だったり。

たくさんの媒体の取材を受け、いくつもの賞を受賞した。

そして、素晴らしい知人、友人に恵まれ、今に至る。

本当の意味で、自分が変わったなぁ、と思えたのは、ある出会い。

自分の殻を固くして、依存すること、わかちあうことを頑に拒否していただろうわたしに、初めて頼りたい人が現れた。

殻を崩し、人と本当に関わることのレッスンが始まった。

それは、楽しいことでもあり苦しいことでもあった。

おかげさまで、いまのわたしは、たぶん、自分らしい自分であると言えると思う。

そして、自分が好きだ。

子どもたちが好きだ。

仕事仲間が好きだ。

友達が好きだ。

たくさんの愛おしい人間関係に囲まれている。

わたしは、ずっと願い続けていたんだと思う。

なりたい自分に。

自分自身になれる日が来ることを。

大好きな細谷先生が、今を生きなさいっておっしゃって下さった。

今を生きることの豊かさをプレゼントして下さった。

昨日でもない、明日でもない、今日、今、このときを。

なりたい自分になれる。

これからも、わたしは、わたしでいよう。

今を豊かに。

それこそが、生きるってことだと思うから。


2012年4月 4日 (水)

おいしい料理を作ろう!

Photo

料理が好きなキュリアス。

昨日はもつ鍋を作りました。

モツは、丸腸と呼ばれている腸の中でも一頭に20センチくらいしかない脂の乗ったぷりぷりした部位。
これを手に入れるのが大変。

わたしは、あるルートから、1キロ単位で購入しています。

まず、モツを2センチくらいに切り分けて、アクを抜きます。
このひと手間をしっかりしておくと、モツのくどさがなくなります。

キャベツは大きくざく切り、ごぼうのささがき、人参、そしてニラ。

黄緑、茶色、オレンジ、そして、濃い緑。

いろいろな野菜の色が美しいです。

真っ黒い土鍋に、たっぷりのお酒を。

わが家では水を使わず、お酒のみ使用。
甘みには、みりんを足します。

そして、味噌味なのですが、京都の白みそを使っています。
これは、わたしが最初に博多でいただいたもつ鍋が京都の西京味噌を使っていたから。

こくのあるスープが出来上がります。

モツのお出汁もしっかり付いたら、野菜とともにぐらぐら。

温まると、白い湯気とともに。ぐらぐらと煮立っていく音も、おいしそう。

いい香がしてくると、みんなニコニコ。

黒いお鍋のふたを取ると真っ白いスープの中で、ぐらぐら揺れている色とりどりのお野菜とモツ。
真っ赤な唐辛子の刻んだのを振りかけて・・・。

モツのコク、スープの甘さ、そして、一味のピリ辛。
幾重にも重なった味のハーモニー。

熱々の湯気に包まれて、口の中につばきがたまってきそう!

なお、丸腸は、これだけの油が詰まっているので、カロリーが心配になりますが、なんと、カルビやロースはもちろん、赤身肉よりもっとカロリーは低いんです。

そして、アクだしで煮こぼすことによって、余計な油分も流れてしまいます。

そして、女性に嬉しいのは、コラーゲン。
次の日の朝は、お肌がぷるぷる効果も。

また、たっぷり取れる野菜は、ビタミンはもちろん、食物繊維もたっぷり。
身体をリフレッシュしてくれるお鍋ですよね。

って、食べたくなった?

いろいろな表象システムに訴えかけたプレゼン。

どうでした?

2012年3月25日 (日)

チューリップの芽が・・・!

今日は、久しぶりにゆったりとした時間を過ごせた。

お庭に春の花を入れようとスコップを持って、土いじりしていたら、小さなチューリップの芽があちこちに。

そういえば、12月頃に、チューリップの球根、たくさん土の中に植えたんだった。

もう、すっかり忘れてしまっていた。

今日入れたのは、ガザリア。

これは、宿根草で、毎年花を咲かせる。

花の時期も長い。

本当は、白が好きなんだけど、だだっ広い生け垣のした。

目を引くオレンジにした。

今年も、野生のひなげしがたくさん茂っている。

可憐な花なんだけど、根が張って、他のお花が入れられなくなる。

ちょっと抜いたり、そのままにしたり・・・。

こうして、土や草や花とふれあっていると、心が落ち着いてくる。

人と人との関わりには、苦戦中のわたしだけど、一人で、こんな時間を過ごしていると、自分らしくいられる気がする。

もうすぐ、そこかしこが花で埋まる春が来る。

時は、やさしい。

わたしたちの日々の上にも温かな日だまりがありますように!

«光を感じて!