金環日食
朝、子どもたちとそろって、金環日食の時を迎えた。
7時すぎは、雨が落ちていた。
テレビをつけると、雲の合間から、宇宙のドラマが始まっているのが確認された。
雨が上がり、薄暗い中にも、日の光を感じ、外に出る。
わぁ・・。
美しい!
ほんの数分。
太陽は、リングになった。
リアルな空を、子どもたちと一緒に眺めていた。
何十年に一度と言われる天体の不思議。
次、同じ巡り合わせの時に、わたしの生命は、この地球上にあるのだろうか?
また、もし、そのときがきたら、わたしは、いったい誰と、そのときをわかちあうのだろうか?
長女は嫁いで今は、家にいない。
次女も、いつかは、愛する日とのものに巣立ちするのだろう。
難病とともに生き、今、大学生である息子も教職を目指し、未来は、母との暮らしの中に閉じこもる可能性は低い。
わたし自身、これから人生を寄り添うパートナーとの出会いの予感も感じている。
次の金環日食。
そのときには、子どもたちにはしっかりしてそれぞれの家庭があり、わたしは確実に老いているだろう。
今は未来、でも、そのときがくれば、それが現実。
わたしたちは、今この時を生きながらにも、想像と言う未来にも同時に生きている。
未来を生きるために今日を生きようとする。
でも、どちらにあるのも、「いま」というその一瞬でしかない。
太陽と地球、そして月。
その三つが重なるのが、本当に瞬間の時であるのと同じように。
気温の変化はない中にも、肌寒さを感じた。
太陽の光の中で、活かされている自分。
今日、こんなときがあったこと。
時を紡ぐのは、自分であり、自分の思考。
であれば、お日様のように温かい思考の持ち主になれたらとも思う。
月のように、冷静な思考であれたらとも思う。
そして、地球のように、命に満ちた思考でありたいとも思う。








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